エッセイ

僕と15歳と幸せのパンケーキ

僕は42歳。

とあることがキッカケで15歳のブロガーとパンケーキを食べる機会があった。

彼、そう彼のことを「A君」としよう。

A君とは同じブログサロンに入っているが、実際会うのはその日がはじめて。

生意気なやつ


A君は中学生。

彼の辿ってきた数ヶ月のブロガーとしての変化をきいて、「事業として取り組んでいるんだな」というのが、ヒシヒシと伝わってくる。

親と子供ほどの年齢差があるA君の話に耳を傾けながら、僕は今の自分と過去の自分を往復していた。

15歳のときの自分。社畜時代の自分。今の自分。

特に社畜時代の自分と対峙したときに、恥ずかしさが込み上げてきた。

会社で上ばかりみて、他人の成果や後輩の頑張りを素直に認めてあげられなかった。

一言でいえば、他人の成功を僻んでいたんだ。

学歴もなく、フリーターあがりの僕は、大卒重視の会社で「ダメなやつ」だと思われたくなくて、いきがっていた。

だから、社畜時代の僕がA君と出会っていたら、きっと認めたくなくて、「あいつは生意気だ」と決めつけていたはず。

成長と発掘

今の僕はA君のことを純粋にすごいと思うし、聞きたい話もある。

A君はなにも変わっていなくても、自分の考え方だけで社畜時代と今とでは180度行動が変わるものだ。

自分でいうのも恥ずかしいが、たぶんこれが僕の人としての変化と成長というやつなのだろう。

では、15歳のA君に自分が提供できるものはなんだろう?

ざっくり言えば昔話である。

今、感じていること、起きていることは「点」なのだ。

リアルに過去を感じ、体験し、もがいてきたから、硬度の高い線になって説得力のある体験談を提供できるのだと思う。

そのためには、意識してこなかった過去を掘り返すほかない。

記憶の海中にダイビングして、手探りで線を繋げる。

大変な作業だけど、きっと、だからこそ価値がある。

そんな1人に向けての価値ある発信が、多くの人に読んでもらえる第1歩なのだろう。

パンケーキの甘さとトッピングしたアイスクリームの後味を思い出しながら、ノートパソコンを開く僕がいる。

簡単ではないけど人は変われる。僕はそう思う。

今日も読んでくれてありがとう。

Fin.