エッセイ

半分はんぶん「第4回:時間旅行」


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半分はんぶん「第1回:~はじめに~」 若い頃にお金に苦労したせいか、35歳までの僕は仕事に猛進していた。 仕事仕事、休みの日にも仕事の予習。電話がくれば即出勤...

転職してからの僕は全てが順調だった。

世の中では40歳に近くになってからの転職は非常にリスキーだと言われているが、僕は幸い周りの人に恵まれていた。
サポートしてくれる事務の女性やひとまわり以上離れていても気さくに話をかけてきてくれる20代の同僚。僕は本当についてる。

転職して2ヶ月ほどが経ったときに、上司から提案があった。

「連休をとったらどうだ?」というものだ。

転職や単身赴任、慣れない土地での生活を気にかけてのことだろう。僕は上司の提案を受け入れることにした。

1泊2日で、いざ東京へ

数年前までの僕は、家族とのディズニーランドの約束も仕事が入ればキャンセルするほど社畜ぶり。
だが今は、転職したこともあり年収が100万円以上あがっていたし、休日も多い。

「今度4連休をとることにしたんだ、みんなでどっか行かないか?」
妻に提案する僕。

「そんなに休んで大丈夫なんですか?」

今までは1年に1回だけ3連休があるかどうかの生活をしてきたので、妻が驚くのも当然だ。

妻は驚きながらも子供たち(小学校3年生のすももと小学校1年生のりんごちゃん)の意見を聞き、嬉しそうに計画をたてはじめた。
その後も連休がいまいち信じられないのか、妻は逐一LINEで仕事の様子を伺ってくる。

「今回は大丈夫。今までがおかしかったんだ」
妻とのやり取りの最後に、僕はいつもそう答えた。

「どこか行きたい場所はありますか?」
妻は僕にきく。

普段の僕ならなにも考えずに「特にないからどこでもいい」と答えているところだが、今回は違う。

「じゃあ、小網(こあみ)神社ってところに行ってみたい!パワースポットらしいんだ。強運でお金もザクザクだよ!」

妻は僕の思わぬ提案に困惑しながらもスケジュールに組み込み、何度かの話し合いの後、僕たち家族は泊まりで東京に遊びに行く当日を迎えた。

三鷹や吉祥寺にはじまり、青山を経由して浅草の方まで足をのばす。
電車での移動中、改札を通り抜けるときに、子供たち用の交通系ICのTOICAが「ピヨピヨ」と音がなる度、それだけで僕達は楽しい気持ちになる。

スカイツリーの商店街「ソラマチ」では、思わぬ出来事が僕を待っていた。
すももとりんごちゃんが自分のおこづかいを使って、僕のためにプレゼントを買ってくれたのだ。

渡された小さな袋をあけると、トイストーリーのキーホルダーに「だいすき」の文字が飛び出てきて、僕は嬉しくて、たまらずソラマチの通り沿いで子供たちを抱きしめた。

楽しい時間はすぐにすぎてしまう。


家族でこんなに歩いて、こんなに笑って、こんなに食べたのは、いつ以来だろう、、、

子供たちの成長にあわせて、行きたい場所や楽しさの尺度は変わってくるものかもしれないけど、今の時間を家族で楽しめる幸せはプライスレスなのだと実感して、僕は今回の旅行を計画してくれた妻と子供たちに感謝をしきれない思いだった。

帰りの新幹線でも、思い出話の花は一向に枯れる様子はない。いま、1泊2日の東京旅行が終わろうとしている。

新幹線のホーム

どうしても名古屋によりたい妻の希望を叶え、ほんの少し名古屋に寄ったあとに、僕はそのまま単身赴任先のアパートに向かう予定をたてていた。

妻とすもも、りんごちゃんは名古屋駅から新幹線を乗り換えて自宅に帰るルートだ。

名古屋での散策を終えて、時間は夜9時になる。
家族が乗る新幹線をホームで待つ間に、僕は缶コーヒーを、妻はカフェオレを、すももはコーラを、りんごちゃんはお茶を自動販売機で買った。

りんごちゃんはお菓子をたべすぎたせいか、カルピスソーダと悩んだ末にお茶を選んだようだ。
すももはペットボトルのコーラを飲んでは、自分でゲップをしてコロコロと笑い転げている。つられてりんごちゃんもゲップをしようとするが、お茶ではコーラに対抗するのは難しい。

りんごちゃんが無理にゲップをしようとして本当に嘔吐しかねないので、妻と僕でりんごちゃんを諭すことすら愛おしく感じる。

僕は家族と離れるのが寂しい気持ちでいっぱいだったが、場を和ませてくれたすももとりんごちゃんに救われた思いだった。

名古屋駅の15番線のホームには、あと数分で家族を乗せる予定の新幹線が滑り込んでくる。

「楽しかったね」

思いおもいに言葉があふれ、つい時間を忘れてしまう。

しかし、話は途中で新幹線の轟音に遮られた。
僕達家族の旅は終わりの時間だ。

新幹線の扉が開き「じゃぁ!またね!」と真っ先にすももが新幹線に乗り込んだ。
妻とりんごちゃんはゆっくりと乗り込み、席に着くと同時に車窓から手を振っている。

「あれ?すももは?」

真っ先に乗り込んだはずのすももの姿が見えない。調子よく乗り込んで迷子になってしまったのか?

「すももは? す・も・も~」

僕はわかりやすく口を動かし、窓越しの妻に返事を促した。


すると、妻は「ほら、呼んでるよ」と言わんばかりに自分の脇のあたりをつついている。
どうやらすももは、妻にくっついているらしい。長女のすももは、普段は次女のりんごちゃんにとられている「ママの横」というプラチナシートを旅の最後に手に入れたようだ。

すももが顔をだす前に、新幹線のホームではベルが鳴り始めた。

「すももー?」

僕は再度、妻に向かって口を大きく動かした。いまだ、すももの顔は窓から見えない。すももの顔をみたい。

9秒間のベルが鳴りやみ新幹線が動きだしたとき、角度が変わってほんの少しだけ見えたすももは・・・・

ひどく泣いていた。。。

旅の帰路

すももの泣き顔を目にして、僕はひとり新幹線のホームに取り残された。
彼女たちの残像がのこるベンチに目をやり動けなくなっていたが、軽くため息をついてから、とぼとぼと歩き出した。

アパートまでは25分。
すっかり見慣れた名古屋駅のホームで定期券をかざし、僕は在来線に乗り換えた。

僕の頭からすももの泣き顔が離れない。
転職して2ヶ月、仕事は上手くいっているし給料も良い。僕自身が望んだ結果であり、転職は成功といえるだろう。
ただ、、、家族の気持ちをおざなりにしていないだろうか?

僕が単身赴任を伝えたとき、本当はイヤだけど我慢をしながら「わかったよ」と言ってくれたすもも。
泣かせてしまった。揺れる電車も相まって、僕の気持ちはぐちゃぐちゃだ。

電車はアパートの最寄り駅に到着し、暗い道を少しだけ歩いた。
スーツケースをガラガラと引き、アパートに1番近い自動販売機で、新幹線のホームで買ったものと同じ缶コーヒーを買った。
今から誰もいない部屋に帰ると思うと、僕は寂しくて、楽しく笑っていた新幹線のホームを思い出したかったのだと思う。

それから徒歩1分。
殺風景な、人気のない部屋の鍵を開け、会社名義の部屋に荷物を放り投げた。
僕は軽くシャワーを浴び、ベッドに体を沈めた。買った缶コーヒーもスーツケースの荷物もそのままだ。

寂しい、、、僕は動けなかった。

どのくらいそうして沈んでいただろうか・・・


”ブルブル”

スマホが鳴った。何度もなんども”ブルブル”と震えている。


手にとってみると、すももからたくさんのメールが届いている。
妻からの提案で、僕の単身赴任をきっかけに子供たちにキッズケータイを持たせていたのだ。

僕はベットから飛び起きた。


思い出したように缶コーヒーを開け、すももからのメールを開いた。

そこには、今回の旅行ですももが自分の携帯で撮影した色とりどりの思い出の写真が無数に送られてきていた。

ジブリ博物館でネコバスととった写真。
家族で食べたパンケーキ。
青山でみつけたオシャレな雑貨屋さん。
スカイツリーの前でポーズをとった写真に、家族で初めてのもんじゃ焼き。
なぜかマンホールの写真もある。


コーヒーを片手に、僕はひとつひとつの写真をゆっくりと見ては、時間を遡ってもう一度家族との旅行に出かけていた。

写真の最後は、新幹線の中で寝てしまったりんごちゃんの顔で締めくくられている。

すももからのメールには、メッセージが添えられていた。

「パパ、東京楽しかったよ。ありがとう」

僕はさっきまでの迷いが振り切れた。僕は強くない。
でも、家族や友人がいる。いつだって自分が前を向くきっかけをくれるのは、自分ではない別の誰かなんだ。

僕はすももにメールを返した。

「パパも楽しかったよ。次はどこに行こうか?」

ときの穴埋め

僕達はそれからも、旅行やお出かけの計画をたてては、あちらこちらに足を運んだ。
今までできなかったことの穴埋めするするかのように。

3年近く経った今、この期間に家族との時間をすごしたことは本当によかったと感じている。
会いたい人に会い、やりたいことをやり、行きたい場所に行く。
こんなにシンプルなことが、どれほど人生を豊かにしてくれるかを僕達は経験したのだ。


このあと2019年の年末からコロナ禍に見舞われる。
県外の移動が自粛され、単身赴任の僕と地元で暮らす家族は今までのように会うことができなくなっていった。


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