エッセイ

半分はんぶん「第6回:1/5000の歯車」


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半分はんぶん「第1回:~はじめに~」 若い頃にお金に苦労したせいか、35歳までの僕は仕事に猛進していた。 仕事仕事、休みの日にも仕事の予習。電話がくれば即出勤...

※注意

物語の中で売上金額や従業員数が出てきますが、情報漏えい防止のため、物語内の数字や事柄は、私が勤務している会社のものと異なります。
ご了承ください。

2021年6月

僕は転職をして3年と少しが経った。

今ではすっかり部署の中心的な役割を担う。

転職をしてからも評価は順調にあがり、僕の年収は900万円を突破した。

3年前の転職の判断が正しかったことを証明できたと僕は思っている。


名古屋での生活はもう慣れたものだ。

地下鉄で乗り過ごすこともないし、おしゃれなカフェだって知っている。

梅雨の合間の晴れた日。



その日の午後、僕は現場で作業の指揮をとっていた。

”ブルブルブルブル・・・・”

会社から支給されたスマホが僕の胸で振動を始めた。

会社の代表番号から電話だ。

「もしもし」

電話に出ると、部長の太い声が聞こえてきた。

「ぶ、部長!どうかされましたか?」

業務については課長から連絡がある。

部長から直接電話がかかってることは稀で、電話があるときは決まってなにかあったときである。

「近々、相談したいことがあるんだが次に会社に帰ってくるのはいつだ?」

部長は僕に聞いてきた。

今の会社では普段から現場を渡り歩いているため、会社の同僚や上司と会うことは意外と少ない。

「今日の遅い時間、20時であれば事務所に帰れますがいかがでしょうか?」

「遅くに悪いな。帰ってきてくれるか。」


僕は伝え、部長は了承した。

上司の戦略

その日、僕は時間よりも15分ほど前に会社に帰り、作業着からスーツに着替えた。

珍しくネクタイをしめた僕は、やや緊張して部長の予約した会議室に向かった。

「遠方から帰社してもらって悪いね。現場は順調か?」

部長はコロナ禍でも県外に出張している僕に労いの言葉をかけた。

僕は部長のことを信頼している。

そもそも今の会社に入った決め手は部長との面接でもあるからだ。

入社の最終試験のとき、経営陣の重箱の角をつつくような質疑応答の中、予定外だったのにも関わらず同席していた部長が僕を助けてくれた。

「印象的だった仕事や、得意な仕事を”君の言葉”で話してくれないか?」

面接中、この言葉に僕は救われた。

経験談での言葉は熱量がこもり、面接会場の部屋には経営陣の理解できない部長と僕の専門用語が飛び交った。

数日後、合格の知らせが届き、僕は家族会議ののち「御社にお世話になります」と返信をした。

それから3年以上が経ち、今に至る。

会議室でいつくかの言葉を交わしたあと、部長は本題に入った。

「新しいプロジェクトを考えているんだ。」

そう言って部長から渡されたA4で20枚ほどのファイルには、しっかりと”社外秘”の捺印が押されている。

プロジェクトに通常は加わるはずの課長や他の管理職の姿は未だみえない。

僕は新しい事業への期待感と会議室の静けさの間(はざま)にいた。

そっと表紙をめくってみる。

そこには、とある地域の拡販プロジェクトの概要と担当者名が記載されていた。

「今回のプロジェクトだが、君を中心に考えたいと思っているんだ」

そこには、来年2022年度以降、5年間の売上や見込み客、中長期戦略が図表を交えて丁寧に描かれていた。

この内容は社内でもまだ出回っていない。
恐らく部長が自分で資料を作成したのだろう。

そして、その地域とは僕の地元である。

(しかし、なぜ突然?)

僕は一瞬困惑したが、僕が質問するよりも先に部長が話をはじめた。

「今回のプロジェクトをきっかけに、君の地元の支社に、部署をひとつ立ち上げようと考えている」

僕は驚き、心の中は困惑から歓喜に変わった。

地元の支社に部署が立ち上がり、勤務先が変更になれば自宅から会社に通うことができる。

家族と一緒に暮らすことができるのだ。

しかし、資料の内容で気になることもある。

売上だ。

今回のプロジェクトは5年間で約12億円ほどの規模になる見通しだが、今年2021年度の僕の年間売上は4億円をこえる。

5年間のプロジェクトであれば、現状維持でも僕一人で20億円近くは欲しいはずだ。

この売上では足りない。

出張での対応ならまだしも、プロジェクトを皮切りに部署を立ち上げるのであれば、尚更売上の見通しが必要になる。

「部長、売上見込とプロジェクトの実施期間を比べると必要な額が捻出できておりません。記載していない見込み売上はあるのでしょうか?」

「いや、現状ではこの数字がすべてだ」

僕は疑問を口にし、部長は丁寧な口調で話を続けた。

「私がこの部署に在籍しているうちに、君が地元に帰れる道筋を立てておきたいんだ」

会社では数年で管理職が移動になるケースがほとんどである。

部長は僕が入社をきめた年に、他の部署から部長として迎えられていた。

(そろそろ移動になるということか・・・)

「お気持ちは非常にありがいです。ただ、この数字で新しい部署を立ち上げる承認が会社からおりるのでしょうか?」

僕は口にするべきか悩みながらも部長に聞いてみた。

「一定の調整が必要なんだ。新部署を立ち上げた場合、君にも負担になる可能性がある。今すぐに答えなくても良いので検討してみてくれないか?」

部長は変わらず丁寧な口調で僕の質問に答えた。

(調整とは、関係する部署への根回しか・・・・)

(君への負担とは、、、、新部署立ち上げのエネルギーか、それとも僕の責任のことか)

「わかりました。預からせてください。」

「遅い時間に悪かったね」

僕は資料をしまい、部長は新部署立ち上げの回答の期日を僕に伝え、会議室をあとにした。

冷たいシャワーとあたたかい雨

僕は会社の自動ドアをくぐり外に出た。

時間は21時前である。

「いまの時間なら大丈夫かな」

”プルプル・・・・・”

妻に電話をかけてみたが、今は電話口に出られないようだ。

僕はスマホをしまい歩き始めた。

駅まで10分を歩き、電車を待ちながら僕は家族との思い出をさかのぼっていた。

思えば最近、コロナ禍を理由に家族とは会えていない。

もう6月だというのに今年一緒にいたのは数日間だし、子供たちと話をする機会もめっきり少なくなってしまった。

「でも、今年度までか」

来年には、すももが中学生になる。

僕はすももの虜だから、思春期になって”お父さん臭い”と言われたら、たぶんショックを受けるだろう。

それでも近くにいれば、あいだを埋めることができると僕は信じている。

思い出を遡(さかのぼ)るあいだに、電車はアパートの最寄り駅に到着した。

僕はひとりでめぐっている思い出話を止めたくなくて、駅から出てすぐのコンビニに入りコーヒーを手にした。

ホットコーヒーはいつもあたたかく、気持ちを落ち着かせてくれる。

僕はコーヒーを半分ほど飲んだところでスマホを手にとった。
妻からの連絡はない。着信に気づいていないのだろうか。

僕はLINEを開いた。

・プロジェクトを任せてもらえそう。
・そっちに帰れるよ!
・すももの入学式に一緒にいけるね。
・りんごちゃんと焼肉行き放題だね。

いくつかの言葉を考えたが、僕は最後のメッセージを打ち込んだ。

「来年からは、また一緒に暮らそう」

妻と子供は喜んでくれるだろうか。いや、喜んでくれるに違いない。

右手にコーヒーを持ったままメッセージを確認し、左手の親指で送信ボタンを押そうとしたとき、僕の指よりも先に、空からの雨がスマホをタップした。

雨だ。今日の昼間は天気が良かったが、今は6月。梅雨なのだ。

僕はスマホをしまって自分のアパートに向かった。

10分程度のアパートまでの帰り道、次第に雨は強くなってきて久しぶりに着たスーツが濡れていく。

僕は送信できなかったメッセージを思い返していた。

少しだけ、思考回路に抵抗が増加したのを、僕は気がつかないフリをした。

抵抗は水で小さくなる。

この雨がシャワーのように抵抗を小さくして、家族との生活に一歩を踏みださせてくれると思うようにした。

アパートにつき、バックを拭きスーツをハンガーにかけて気持ちを落ち着かせた。
いつもの習慣でノートパソコンに電源をいれることも忘れてはいない。


いま少しだけ鼓動が早いのは、おそらく早足で歩いてきたせいだろう。

僕は浴室に入りシャワーの蛇口をひねった。

頭からかぶった温かさに気持ちが落ち着いて、部長との話を思い返してみる。

在籍しているうちに、、、道筋、、、売上、、、調整、、、負担。

・・・・リスクが大きすぎないだろうか?

僕の勤めている会社は年間売上2,000億円を超え、従業員数は5,000人にも登る。

在籍する名古屋支店だけでも600人以上だ。

言ってしまえば、僕は会社の歯車のひとつ。

そのひとつのためにプロジェクトを推進し、新部署を立ち上げる。

・・・・・

次第に思考回路の抵抗は大きくなり、温かいシャワーが冷たい雨のように無機質に感じるようになっていた。

もう気づかないフリができない。

僕が浴室からでると、スマホの通知が目に入り、妻からの着信が点滅している。

少しためらいながらスマホを通じて妻にアクセスをした。

僕の鼓動は違和感を訴えている。

「もしもし?さっき電話をくれましたよね。」

「うん。どうしてるかと思ってさ」

少し眠そうな妻の声が聞こえる。

「最近電話がありませんでしたけど、どうかしましたか?」

「・・・・・」

少しだけ、さっきLINEを送れなかったことを悔やんだ。

「・・・・・」

「もしもし???聴こえていますか?」

「いや、、どうもしないよ。」

僕の心がパチっと小さくショートした。

半分はんぶん

妻との電話を終えて、僕はおもむろに小さな部屋の掃き出し窓をあけた。

1Kのこの部屋は、ベット、パソコン、外の空気が5歩以内で手に入る。

外は相変わらず雨が降っている。

ふと見ると、雨の道路をこえた向こう側の家の窓に、照明の明かりが灯った。

数十秒の後、小学生低学年と思われるふたりの子供が、窓から外の雨を覗き込んでいる。

可愛らしい姿だ。

それは僕の目に、単身赴任前のすももとりんごちゃんのように見えた。

今日は子供達の声を聞けなかった。

元気にしているだろうか??

雨音が強まり掃き出し窓を締めると、窓ガラスには自分が思っているよりも白髪が目立つようになった男が映っている。

会社のことは気にせず、家族の場所に帰るのが良いのか?

会社員として、このまましっかりと稼いで子供たちの将来に選択肢を与えてあげられる父親になるのが良いのか?

もちろん両方手に入れば問題はないが、確率としてどうだろうか?

僕の気持ちは揺れている。
妻に相談するべきだろうか?

転職も単身赴任も一切反対をしなかった妻。僕の知らないところで苦労もあるだろう。

僕が自分で決めなければいけない。

今のままの気持ちではいけない。
この気持ちを吐き出したい。

気持ちの整理をするために、既に立ち上がっていたノートパソコンに向かいブックマークから”note”をクリックした。

数分後、僕は”新しいテキスト”に、今の気持ち、どちらに転ぶかわからない気持ちを打ち込んだ。

「半分はんぶん」と。

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次は半分はんぶん「第7回:選択する自由」。

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