エッセイ

半分はんぶん第9回「最良にできる選択」

この話をはじめから読む場合は
「第1回~はじめに~」をご覧ください↓↓↓

半分はんぶん「第1回:~はじめに~」 若い頃にお金に苦労したせいか、35歳までの僕は仕事に猛進していた。 仕事仕事、休みの日にも仕事の予習。電話がくれば即出勤...

※注意

物語の中で売上金額や従業員数が出てきますが、情報漏えい防止のため、物語内の数字や事柄は、私が勤務している会社のものと異なります。

ご了承ください。

この記事は2021年12月19日に公開したお話です。

前回のあらすじ

2022年4月

朝と昼

長女のすももが中学校の入学式を迎えた。

すっかり大きくなったすももと、いつまでもすももを子供扱いする僕。

学校から駐車場までの10分間。

僕とすももはほんの少し話を弾ませていた。

僕はすももがみんなの時間の架け橋になってほしいと切に願った。

夕方

昔”いきつけ”だった花屋では店主にミニブーケを作ってもらい、ケーキとともに自宅に帰った僕は、テーブルに花を生けて家族と食卓を囲む。

僕はこの時間が尊いものだと感じていた。

ほんの少し、僕は妻との時間を過ごしていた。

なにごとにも興味がなさそうな妻。

僕はそんな妻に自分の感じたことや思っていたことを打ち明ける。

今回の決断のことも。

夜の0時をすぎた頃、僕の視線の先にスーツケースが目に入った・・・・・・

ビルからの眺め

2022年6月

4月、5月をなんとか乗り越えて、今は6月の梅雨に入った。

会社のスマホが僕の右の胸ポケットの中でブルブルと震えた。

現場に行っている後輩からだ。

「先輩、どこかいいランチ知りませんかー?」

電話越しから海からの風が電話をきる音が聞こえる

「えーとね。美味しいトンカツ屋があるんだ。LINEで送るよ。」

電話をきったあと、僕は会議室の窓から東の空を眺めて”ふぅ~っ”と大きく息を吐き出し、自分をふるい立たせた。

1未満の提案

2021年11月19日

僕は会議室に向かっていた。

社員証をかざし機械音とともに会議室に入った僕は、持ってきた2冊のキングファイルをデスクの上に並べた。

一冊は部長から預かった新規プロジェクトのファイル。もう一冊は僕がプロジェクトを分析してきたファイルである。

2冊のファイルを並べて僕は部長が会議室に来るのを待っていた。

僕はひとつの決断をし、今から部長に提案をする。

本当にこの判断が良いのかわからないが、僕が1ヶ月半かけて考えてきた中で最もしっくりとくる答えだと思う。

もう、、、、資料は見返す必要はない。言いたいことは頭に入っている。

これから話す提案内容を反芻(はんすう)していると家族への思いが頭をよぎる。

”ピッ”

会議室の扉から社員証をかざす機械音がなり、約束時間ピッタリに部長が現れた。

「お疲れ様。」

「お疲れさまです。」

会議室に入ってきた部長は僕に労いの言葉をかけ、僕は簡単に答えた。

部長は会議室に入ると部屋の奥に進み、椅子を引いてゆっくりと腰を掛けた。

「腹は決まったか?」

部長は、さも僕の回答を知っているかのような口ぶりだった。

「はい、決まりました。」

僕は少し息を整えて話を続けた。

「今回の地元への新規プロジェクトですが、別の担当を配置しましょう。」

真剣に考えた結果を僕は伝えた。

「なんだと?君のためのプロジェクトなんだぞ。」

部長は冷静を装いながらも明らかに不満そうに顔をした。

僕が地元に帰る決断をすると思っていたのだろう。

「ご配慮をいただいたにも関わらず申し訳ありません。ご不満があると思います。」

僕は頭をさげ、部長が言葉を発するまでのあいだ、丁寧に掃除をされた会議室のフロアをみていた。

30秒ほどたっただろうか・・・少しのため息とともに幾分(いくぶん)冷静さを取り戻したような、諦めたような雰囲気が会議室の奥の席から漂い始めた。

「理由を聞かせてくれないか?」

「はい。ご説明いたします。」

僕は頭を上げて答えた。

部長に近づいていき、デスクの上に置いてあるファイルを広げた。

2人しかいないので、キングファイルと僕のノートPCがあれば説明は十分である。

「初めから気になっていたのですが、新規事業として取り組むには売上が足りていません。

本来は新規事業のメインである5カ年計画を進めるあいだに6年目以降の仕事の種をまかなければいけないのですが、現在の計画からは種まきの部分が抜け落ちています。」

「今のまま新規プロジェクトを進めても、おそらく2年3年と持たずに早い段階で行き詰ることでしょう。」

僕は率直な意見を部長に伝えた。

「会社への説明は私の方でする。売上については君の言う通りだが、仮に上がらなくても心配する必要はない。」

部長は僕の意見に答えた。

それはつまり、会社側と”話ができている”といわんばかりだった。

「部長、私からの提案をお話ししてもよろしいでしょうか?」

部長は頷き、手振りとともに僕に話を促した。

「では、提案内容をお話いたします。

まずは前提条件として、今お話ししたように売上については非常に厳しく、私を含めたメンバーが5年間稼働していくための事業としては小さいと考えています。

加えて、6年目以降の見通しが立っていないため、次の事業への種まきをすることを考えると人的リソースも足りていません。

現在の状態では、支社に事業部を立ち上げて運営していくのは難しく支社の他の事業部からの風当たりも強くなる可能性があります。」

僕は部長から渡されたキングファイルを開き、前提条件と想定されるリスクについて話をした。

そして僕は説明を続けた。

「そこでどうしたらよいか?ということですが、

当初の予定からこれからお話する3つの点の変更を提案します。

1つ目。

事業部を立ち上げるのではなく、名古屋からの出張所として別の事業部の一角を間借りさせていただく。

2つ目。

新規プロジェクトの現地リーダーは、30歳前後の若手に任せます。

若手の候補者はこちらのリストに挙げております。

3つ目。

私は名古屋に残り、現在の業務を進めながら地元の新規プロジェクトの責任者を務めます。」

「では、ひとつずつ詳細をご説明いたします」

僕は自分の用意してきたキングファイルを開き、提案したい点について説明を始めた。

「1つ目の事業部ではなく名古屋からの出張所扱いについて。

部長にこのようなお話をするのは釈迦に説法であり、大変恐縮です。

新規プロジェクトを事業部とした場合、長期にわたって事業部が存続させることが前提条件になります。

事業部の立ち上げは組織として”とりあえず”ではなく、長期的に事業として取り組む意思表示でもあるからです。

一方で出張所扱いとすれば、新規プロジェクトに関わる事務所の経費も事業部とは違い、かなり少額で運営していくことができます。

また、プロジェクトの進行具合で稼働率が下がる月も発生すると思われますが、その際は名古屋の業務への応援も身軽に参加することができます。

結果、経費を抑えて稼働率を上げることができます。」

僕はプロジェクト全体の工程表を示しながら説明を行った。

2つ目

新規プロジェクトの現地リーダーを、30歳前後の若手に任せることについて説明します。

理由は2つあり、失敗した場合のリスクについての話になります。

部長の計(はか)らいで私が現地にはいり、今回うまくいかなかった場合、現時点では私はもちろんのこと、部長の責任問題になりませんか?

うまくいかなかた場合でも、5カ年のプロジェクト経験を若手に積ませることで、会社に対しても理由付けになりますし、若手本人の自信にもなるでしょう。

3つ目

私は名古屋に残り、現在の業務を進めながら地元の新規プロジェクトの責任者を務めます。

若手に現地のリーダーをまかせた場合、現地をハンドリングする役割が必要になります。

名古屋での業務を引き続き行うことで、現在所属する部署の売上を下げることなく、新規プロジェクトを進めていくことができます。」

僕はキングファイルの資料をみながら説明をした。

目の前の利益と長期的な利益

「少しいいか?」

部長の声で一旦説明を切った。

「たしかに君の提案はわかる。しかし、それでは君はどうなる?地元に帰りたくないのか?」

部長は僕を諭すように言った。

「部長、私はできることなら地元で仕事をしたいと考えています。

しかしです。長期的にみて今回の新規プロジェクトを私が担当するのは”社内、支社間にひずみ”がでませんか?

短期的に既成事実をつくってしまうチャンスなのは理解できますが、事業として成り立たなければ”ひずみ”を生んでしまいます。

あとひとつ、今回一番悩んだことをお伝えいたします。

コロナ禍の影響で、各所で製品の納期が遅れております。

実際に今の現場も4ヶ月の納期遅延が発生していて、製造工場の話を聞くと、他の工事でも納期遅延が発生していると聞いています。

おそらく、プロジェクトの製品も今後は遅延してくるでしょう。

製品の納期が遅れれば社員の稼働にも空きがでます。

稼働率がさがり、現状の売上よりも下方修正せざるを得なくのではないかと考えています。

私は短期的な自分の目的のために新規プロジェクトを担当するのではなく、長期的な会社への貢献のためにプロジェクトに関わっていきたい。

今回の新規プロジェクトで地元に帰るきっかけをいただけるのは大変ありがたいと思います。

名古屋で指揮をとっていても現地に行くことは多くありますし、そのときは自宅に帰ることができます。

今後は、新規プロジェクトの進行とともに、地元の帰るタイミングを図りたいと考えています。」

・・・・・・・・

部長とのあいだにしばしの沈黙が流れた。

僕のこの考えは、言い方を間違えれば取り計らってくれた部長に失礼になる。

素直に話を受けて、地元に帰れば良いのかもしれないが、、、、、、

僕なりに何度も検討した結果だ。

壁の時計の針は20時半をまわっているが、会議の途中で壊れてしまったかのように時間が遅く感じる。

部長はなにを考えているのだろうか・・・?

僕への失望感か、それとも今後の段取りか・・・・?

僕はまだ、もう一つ部長に話すことがあった。

「部長、私から相談があります。」

「なんだ?」

「今回のプロジェクトですが、私の提案は当初の計画とかなり異なります。

今回の提案の責任は私が取ります。

部長には地元への道筋をつけていただいて感謝しています。

ですから、プロジェクトのめどがたった場合は部長にも参画していただき、頓挫するようなら私が責任をとります」

失礼だっただろうか・・・

会議室に再び沈黙が訪れる。

「君はそれでいいのか?」

「はい。私のことですから。」

部長は確認し、僕は答えた。

「実は君からはOKをもらえるものだと思っていたんだ。いくつか進めたことを変更しなければならない。

なるべく君の希望に沿うようにしたいと思う。少し時間をくれ。」

その日の会議はおわった。

会社からの連絡

2021年12月10日

出張先の兵庫県でお昼ご飯を食べようとしていた頃、会社のスマホが振動した。

「もしもし」

部長からだ。

「現場の様子はどうだ?」

部長は挨拶とともに現場の様子を伺った。

兵庫の現場の工場のすきま風が、僕の頬とスマホの間を通り抜けていく。

「風が強いですね。でも現場は問題ありません。プロジェクトの話ですよね?」

僕は部長にはやや失礼かとは思ったが、電話越しに結論を促した。

「君の提案で進めよう。

ただし、私としても君ひとりに責任をとらせるつもりはないからな。」

「ありがとうございます!」

僕は自分の頬を切る風の速さよりも早く、部長にお礼を言った。

電話を切り、出張先の兵庫県から家族のいる東の空をみてみる。

・・・・・・・

僕が来年から家族と暮らす可能性がなくなった瞬間だった。

1年後の会議室

2022年6月

ちょうど一年前に部長と打ち合わせをした会議室で、僕はプロジェクトの会議に出席していた。

プロジェクトで納入予定の製品がコロナ禍の影響で遅延しており、スケジュールを組み替える必要があるためだ。

ある意味予定通りではあるが、半導体を筆頭に材料の需要が逼迫(ひっぱく)しており、やはり製品の納期遅延は痛い。

4月から毎月フォローしていてもなかなかスケジュールが決まらない。

会議がおわり誰もいなくなった会議室で、僕は窓側の椅子に座り物思いにふけっていた。

2ヶ月前にすももの入学式を終え、家族とは会えていない。

すももの入学式の夜、僕は今回の決断を妻に話した。

「あなたが決めたことならいいですよ。」と言ってお気に入りの万年筆の手入れを始めた妻。

だからこそ、がんばらなければいけない。

今まで僕はいつも弱くて、何かを決めるときに”言い訳”を探していたような気がする。

今回の出来事は、そんな優柔不断な僕への神様からの試練だったのかもしれない。

”半分はんぶん”

どちらに傾いてもおかしくない状態。

仕事と家族。

単身赴任と地元。

いつもなにかの判断に迷ったとき、紙に書いたり数値化したりすることもあるだろう。でも僕は言いたい。

”迷っている時点でどちらも大切なものなんだ”

”長期的にみて、自分の力で最良にできる選択はどちらか?”

人生はギャンブルではない。自分で道を開き、最良のものにする。それが大切なのだと。

“ブルブル・・・ブルブル”

右の胸ポケットで会社のスマホが震えて、僕は現実に戻された。

「先輩、どこかいいランチ知りませんかー?」

Fin.

さいごに

2021年6月18日

ひとつの電話をきっかけにこの物語を書き始めました。

各回の物語は僕の思い出と現実を写し、どこまで書いてよいのか・・・・

優柔不断な僕が悩んでいる姿をみせて、読んだ方は不快にならないだろうか・・・

悩みながら、苦しみながら書いてきた物語です。

「もう書けない」

何度もそう思いました。

現実でありながら直視するのが怖くて、、、

文字にすると、僕は自分が家族よりも仕事を優先しているような気持ちになり、心根(こころね)から思いをえぐられるようだったからです。

それでも書くことを選んで、発信を続けてこれたのは温かい読者様からの励ましのお言葉やメッセージがあったからだと感じています。

半年ものあいだ読んでくれた皆様、本当にありがとうございました。