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エッセイ

半分はんぶん「第8回:時間の架け橋」

この話をはじめから読む場合は
「第1回~はじめに~」をご覧ください↓↓↓

半分はんぶん「第1回:~はじめに~」 若い頃にお金に苦労したせいか、35歳までの僕は仕事に猛進していた。 仕事仕事、休みの日にも仕事の予習。電話がくれば即出勤...

※注意

物語の中で売上金額や従業員数が出てきますが、情報漏えい防止のため、物語内の数字や事柄は、私が勤務している会社のものと異なります。

ご了承ください。

この記事は2021年11月23日に公開したお話です。

前回のあらすじ

単身赴任先で今の仕事を続けるか?

それとも地元に帰って新規プロジェクトを進めるか?

持病の喘息が再発する中で、僕は新規プロジェクトの雲行きに危うさを感じていた。

1ヶ月以上のあいだ決めきれなかった僕だったが、妻の言葉を思い出し、危うい中でようやく答えがみつかる。

3ヶ月ぶりに家族との時間をすごしたあと、僕はひとつの選択をした。

気持ちを固めた僕は、新規プロジェクトを提案してくれた部長との期日よりも早くアポイントメントをとり、、、

そして、2021年11月19日の金曜日。約束の会議室に向かった。

2022年4月:入学式

2022年4月。

この日はすももの中学校の入学式だ。

もちろん主役はすももである。

寝室に朝の日差しが差し込んだ頃、すももが駐車場ではしゃぐ声が聞こえてきて、僕は2階の窓から声をかけた。

「すももー。まだ時間が早いから家の中にいたらどうー?」

「うーん!でも~~、お母さんの動きが遅いから早く準備しておかないと~!!」

すももは元気いっぱいに答えた。

妻と次女のりんごちゃんはいつでもマイペースで、どこに行くときも毎回時間がぎりぎりになる。

はじめから遅れることを前提に時間の設定をしているから問題はないのだが、僕とすももはいつも車の中で待たされている。

予定通り時間ぎりぎりになって、僕たちは小さな軽自動車に乗り込んで中学校に向かった。

コロナ禍の対策で、学校の体育館と教室には両親2人で入ることができず、学校の下駄箱にはスーツ姿で子供を待ち構える集団がいる。

妻が入学式に参加しているあいだ。

僕はひとり。外で背伸びをした。

4月の空はすごく晴れていて校庭には桜が咲いている。

3月末に咲いた桜は風が吹くたびに頼りなさげで、今にも枝から落ちてしまいそうだ。

僕の気持ちはどうだろうか・・・・

単身赴任を続けるか、この地元で新規プロジェクトを進めるか?

今でも自分の下した決断が正しかったのかわからないままでいる。

僕はいつも不安で自信がない。

でもやっぱり、正解なんてしばらく経たないとわからないと思う。

だから今は、頼りなくても、すがっていたものから落ちてしまっても、風が吹いて飛ばされて、アスファルトで誰かの足で踏まれても、自分であることを見失わないように在りたい。

自分であることの大切なピースが家族の存在なんだと思う。

今回の仕事が失敗して踏みつけられたとしても、僕は家族と在り続ける。

ふと僕は、、、、、

桜の一時(いっとき)の美しさと自分の今回の判断の危うさを天秤にかけていた。

しかし、以前のような不安な気持ちは幾分(いくぶん)和らいでいるように感じる。

ジタバタしても仕方がない。

僕はもう、随分前に腹をくくった。

新年度の仕事は動き出しており、これから結果をだしていくしかないのだ。

少し周りがザワザワとし始めて、気がつくと下駄箱からぞろぞろと人がでてきた。

僕は妻とすももの姿をすぐに見つけた。

「入学式おつかれさま」

僕は2人に声をかけて3人で歩き出した。

学校から駐車場までの10分ほどの道のりの間、僕は妻とすももと3人で並んでゆっくりと歩いた。

大きくなったすもも。

”大きくなったらパパのお嫁さんになる”

もう・・・・・・・

そんなこと、言ってくれないよね?

僕はすももがまだ小さかったときのように、左手のそばにある手を握ろうとして、ためらってスっと手を引っ込めた。

(もうこういうのも嫌かな。同級生に見られたら恥ずかしいだろう。)

僕はこころの中で、すももに”おめでとう”と言った。

その時、僕の左腕にやんわりとした感覚が巻き付いた。

「今日はありがとう。お父さん♡」

すももだ。

いつの間にこんなにいたずらっぽい顔をするようになったんだ?

”お父さん”か。

もうパパって言ってくれないの?

パパのお嫁さんになるって言ってくれないの?

ねぇ、すもも?

これから君は羽ばたいていく。

いや既に、”パパ”から羽ばたいているんだね。

ねぇ、すもも?

巣立っていくってどんな気持ちなの?

想いを察したのか、すももがギュッと僕の腕に力を込めた。

「すももは何かやりたいことはあるの?」

僕は左肩のすぐそばにある顔を見ずに質問をした。

「私はね、絵を描きたい」

すももは答えた。

僕は心の中で(すももにピッタリだ)とニンマリとした。

「ねぇ、すもも?絵をかいた先に何がみえるの?」

「ん?絵を描いた先?」

「そう。絵を描いた先」

僕は聞き、すももは不思議そうな顔をした。

「”お父さん”にはね、絵をみた人の笑顔がみえるよ」

「すももの絵を手にとった人はさ、どんな顔をしてる?好きな人に渡すのかな?それとも家族と一緒かなぁ?」

「だってほら、絵を買う人はさ。絵が欲しいんじゃないんだよ。」

「ね?大切な人と絵を囲んでいる時間が尊いんだよ。」

僕はまっすぐ正面を向いたまま、少しだけ熱っぽく語った。

恥ずかしい父親だ。

僕はすももの絵が好きだ。でも絵はツールであって目的ではないとも思っている。

いつもすももの絵を見ては、僕たち家族は笑顔になってきたんだよ。

(すももにも、そんな未来を描いて欲しい)

(でもすもも、苦しかったら描かなくていいんだよ。絵はね、君の持つツールなんだ。誰かが大切な人と尊い時間を一緒にいるためのツール。)

(だから・・・・無理はしなくていいんだ)

自他共に認める親バカならぬ”すももバカ”の僕は、ついつい考えが甘くなってしまう。

「”お父さん”、私、楽しんで描くよ!」

すももはひと言で話をまとめあげた。

昔スケッチブックに涙の地図をかいていたすももが、こんなに大きくなって”絵を描きたい”だなんて夢みたいだ。

僕は感慨深さを顔に出さないように平静を装った。

”楽しんでるかい?”

僕とすももの2人だけの合言葉。覚えていたんだね。

これから君は、キャンパスを使って絵を手にした人の尊い時間の架け橋になっていくんだ。

すもも、君ならできるよ。

でも、その前に、、、、

今までのように、これからもお父さんとお母さん・りんごちゃんの時間を埋める架け橋でいてほしいんだ。

気のせいか、僕の左側の景色がゆっくりと縦に揺れたような気がした。

僕は心からすももの成長と素直な心に感謝をした。

「2人ともー!ウチの車はこっちですよー!」

一番歩くのが遅かったハズの妻が、僕とすももを呼んでいる。

学校からの10分間、僕とすももは話と妄想を繰り返しているうちに駐車場を通り過ぎていたようだ。

僕たちは引き返し、3人は小さな軽自動車に乗り込んだ。

花と家族の食卓と

その日の昼間、僕は自分のワンボックスに乗って自宅から30分ほどの花屋に向かった。

「予約したケーキを取りに行く」という名目で僕がひとりで向かった先は、実はお花屋さんである。

そのお花屋さんには子供達が小さなころからお世話になっていたのだが、僕の単身赴任がきっかけで足が遠のいてしまい、随分久しぶりの来店になる。

「こんにちは~」

「はい。あーーっ!お久しぶりです。」

「ご無沙汰してます。」

僕は挨拶を兼ねて、昔”いきつけ”だった花屋の店主に転職したことや単身赴任のことを話した。

花屋の店主は、やや髭をはやしたイケメンで僕よりも3歳若い40歳のナイスガイだ。

僕はいつも思う。花が似合うイケメンなんて反則に決まってる。

「今日はどうなさいますか?」

「今日は長女が中学校に入学したんですよ。」

「娘に3,000円くらいでミニブーケを作って欲しいんです。」

「入れて欲しい色は、元気のでるような黄色かなぁ・・」

店主は聞き、僕は答えた。

「へぇーーー!そんなに大きくなりましたか!」

すももが幼稚園に入る前からこの花屋で誕生日のミニブーケを作ってもらっていた。

娘が大きくなったと感じて当然だろう。

僕はここでブーケをつくってもらう時には、必ず”なんのために花が欲しいのか?”伝えている。

イメージして欲しい。花を売る人にも僕たちの時間を。

家で花を渡したときの空気感を共有して欲しい。

店主は話を聞き、10分程の後、ブーケにする前の花を自分の手で花束のようにまとめてから僕を呼んだ。

白をベース色にして黄色の花がアクセントになっている。

「これで、あと2本くらい薔薇を入れましょうか?」

「いいですね!じゃぁ、それをブーケにしてください。」

店主と僕の2人の40歳を過ぎたおじさんは、花を囲んで盛り上がった。

ケーキと一緒に持ち帰った花をみて、照れくさそうにすももは受け取り、僕たちのリビングに花の香りが広がる。

りんごちゃんは夕食に外食を希望していたが、今日ばかりは「みんなで家で食べたい」というすももの意見に従い、僕たちは花を花瓶に生けてから食卓を囲んだ。

4年前、このテーブルを囲んだ僕たちは、単身赴任の話をしていた。

泣くのを我慢するすももに、お菓子を食べたいりんごちゃん。

お金も大切だし、転職は成功したと思っている。

しかし、この時間がなによりも尊いものであることは疑いようがない。

(そう。間違いないんだ。)

僕は自分の胸に今日のことを刻み込んだ。

僕を睨むスーツケース

食事のあと子供達は自分の部屋に行くようだ。

すももは花の入った花瓶を部屋に持っていくといい、りんごちゃんは早くもヘッドセットを準備してYouTubeを見る体勢だ。

僕はお風呂と洗い物を済ませ、妻との時間を過ごすことにした。

ほんの少し背伸びをして、普段は飲まないワインをコンビニで買ってきていた。

「最近は忙しかったんですか?」

妻は一見興味がなさそうに僕に問いかけた。

思えば僕はいつも聞き役に回っていた。

「なにか変わったことあった?」

「最近どこ行った?」

「子供達はなにしてる?」

もしかしたら、僕は家族の話を”聞いてあげてる”なんて風に思っていたのかもしれない。

とんだ勘違いヤローだ。

家族にも僕が何を考え、どんなことで一喜一憂していたのか知ってほしい。

僕は妻に仕事での些細なことや、アパートの道路を挟んだ向こう側の家に、すももとりんごちゃんぐらいの子供が住んでいること。

いつもバルコニーからその子供達を見ていること。

ほんの少し喘息が出てしまったこと。

そして、、、、、今回下した決断のこと。

すべてを話した。

僕は気が付いたんだ。

妻が以前話してくれた”0以上1未満の思い”

それは片方だけの”0以上1未満の思い”ではダメなんだ。

相手が話していることを聞いているだけでは、やっぱり近寄ることができなくて、妻や子供たちの思いのほかに、僕からも伝えたいこと・聞いて欲しい言葉を話すべきなんじゃないか思ったんだ。

お互いが理解して信頼して、それが”ひとつの在り方”なんだって教えてもらった気がする。

僕が話していると、妻は時々、ふんふんと相づちをうっていたが、最後に「あなたが決めたことならいいですよ。」と言ってお気に入りの万年筆の手入れを始めた。

そう、何事もない。

特別なことはなくて、心配はいらないからね。

いつもと変わらずに万年筆の手入れをする妻の振る舞いが、そう言っているように僕には思えたんだ。

気がつくと、時間は夜の11時30分を回っている。

子供達の部屋を覗くと、りんごちゃんはまだYou Tubeを観ているようで、僕に怒られると思ったらしく、慌てて片付けを始めた。

すももの部屋は既に暗くなっていた。

そーーーっとドアを開けると、廊下の照明の明かりがすももの部屋に差し込んで、机の上を少し斜めに照らした。

すももは僕が買ってきた花束を絵に描いているようで、机の上には花瓶とスケッチブックが広がっている。

(完成したら観たいな)

僕の楽しみがまたひとつ増えた。

それから僕は自分の書斎にたどり着いた。

深くイスに座って今日のことを思い返してみる。

朝のすもも、入学式、学校から駐車場までの道のり、花束とケーキを買って帰ってきたときの家族の笑顔。

家族みんなでの食事。

妻への1未満の告白。

思い返させばどれも尊い時間だ。

(もう一度、今日の朝が明日やってくればいいのに)

(今は朝を迎えたくない)

気がつくと時計は0時を過ぎている。

そろそろ明日に備えて寝なければいけない。

視線をさげたその先に、いつものスーツケースが無造作に置かれているのが僕の目に入った。

お知らせ

次回の「半分はんぶん:第9回」で最終話になります。

筆者の試験勉強や業務の都合で、公開までに時間がかかりますが、何卒ご理解ください。

次回の公開予定:12月18日(土)